アートセラピーは世界を変える

私の大学院時代の専攻はアートセラピー(芸術療法)だった。

アートセラピーは描画、音楽、ドラマ(演劇)、ダンス、コラージュなど様々な芸術の様式を心理療法に取り入れたもので、芸術の持つファンタジーの力を使って治療を行うものである。

なぜアートセラピーを選択したかというと、20代の頃アートセラピーのワークショップを受けて、「やるならこれしかない」と思ったからである。

直観的にこれはいける、これなら出来ると思ったのだが、それで簡単にうまくいく程世の中甘くない。

アートセラピーやファンタジーの世界に憧れてそういう道を目指した人は山のようにいるだろうが、本当に食えている人はごく一握りなのが現実だろう。

その手のことの好きな人は金儲けやら営業を“汚れ仕事”と思うような感性の人が多く、現実の中でなんとしてもしぶとく生き抜こうというタイプの人は少ないように思われる(そりゃ現実的な人はもっと儲かる世界に行くだろう)。

これは自分自身に対する反省を込めて言っているのだが、アカデミックだったり高尚に見えることが好き、すなわち“いい格好しい”で地に足があまり着いていない人が多い。

アートセラピーのようなことで食っていこうと思うなら、人を惹きつけるすごいカリスマ性があるか、大学の先生のような収入の安定した仕事につくか、配偶者に養ってもらって趣味的にやっていくというのが実際に多く取られている手段である。

まあ芸術家を目指す人たちと似たり寄ったりと言えるだろう。

というか自分の創造性の限界を悟り、芸術家の道を諦めてアートセラピーに入っていく人が多いように思われる(まさに私のことだ)。

アメリカ留学から帰国して仕事を探している時期に、精神科のクリニックの面接を受けたことがあるが、「芸術療法を学んできた」と私が言うと、精神科医の先生は皮肉たっぷりに「いいなぁ、高尚なことをやっていて。俺がやっている毎日の仕事は、ドブさらいみたいなもんだよ。」と言ったものだ。

結局不採用で、そんなものは現実の前では何の力も無いと言われたのだと感じた。

実際のところアートセラピーは、日本だけでなくアメリカでも、本格的なセラピーの添え物的な位置付け、治療というより一種のレクリエーションのようなものと考える関係者が多い。

精神科医療の世界では、心理療法は医学的治療の添え物みたいなものと考えられている風潮があるから、医療>心理療法>アートセラピーという関係だろう。

精神科医療の中心は、何といっても薬物投与による治療である。

大学院を出てからかれこれ20年近く経ち、散々苦労してきたが、それでも自分はしつこくアートセラピーの力を信じており、「アートセラピーが世界を変える」という時代がいつか来るかもしれないと考えている。

精神科の薬の必要性を否定するわけでは全くないが、高度な発展形においてはアートセラピーの方がずっと精妙で可能性があると思うのだ。

ただ芸術と同じく、そう言えるだけの能力なり根性のあるセラピストは少ないのが現状だろう。

しかし時代が進んで人間の意識が変われば、薬物とアートセラピーの関係が逆転することもあり得るのだと思う。

単に理想的で夢のようなことを言っているわけではない。

音楽や文学など、何かの芸術作品の影響で自分の人生が変わったという人は、精神科治療薬で自分の人生が変わったという人より多いと思う。

また、古代においては芸術というのは、祝祭と宗教行為と治療が渾然一体となっていたものと考える。

例えば演劇において誰かが神話的存在を演じたなら、演じている人が身近な人であっても、観る人はそこに本物の神聖さを感じたに違いない。

昔の人はトランスに入りやすかったとも言えるし、ある面で感性がそれだけ研ぎ澄まされていたとも言えるだろう。

現代においては芸術は商業的なものになってしまって、プロの作品を素人が商品として消費するという構造になってしまっている。

芸術は人間の意識を拡大・変容する最高のツールの一つであるのに、勿体ない話である。

それを私達の手に取り戻すために、アートセラピーは大きな可能性を持っていると言いたい。

人類史的に見れば、本当はアートセラピーこそ治療の本流なのだ。

「傷ついたヒーラー」という概念があり、それはシャーマンのように日常意識と違う世界に自在に入っていく能力が深く関係している。

現実世界の中で深く傷つく苦闘のプロセスの中で、他者を癒す能力を身につけた者が「傷ついたヒーラー」である。

考えてみれば当たり前の話だが、深く傷ついた人を理解するためには、自身が深く傷ついた体験を持っていなければ無理であろう。

芸術こそが異世界へ入っていくための最良の入り口であり、最高の訓練場だ。

アートセラピーに惹かれる人は良く言えば純粋、悪く言えば夢想家で知に足が着いていないことが多い。

でも始まりはそれでいいと思うし、ある意味それは仕方のないことなのだ。

大事な部分のネジが一本抜けたような人間でなければ、シャーマンの旅のような危険な領域にそうそう入って行こうとはしないだろう。

問題は厳しい現実の中で傷つき、苦闘しながらも自分のビジョンを追求し続けられるガッツがあるかどうかだ。

そして物質主義が極限近くまで来てしまい、いろいろな面で行き詰まってしまった現代社会においてこそ、そういう存在が必要なのだ。

〔演劇をつかったアートセラピーであるドラマセラピーのワークショップを開催します。ご興味のある方はぜひご参加ください。〕

ドラマセラピー・ワークショップ~無意識のマジックを使って夢を実現する~

のご案内 

私たちは心の中で、他者と特別な、ありきたりでない形でつながりたいという深い願いがあります。それを目に見える形で表現したものが小説や映画、ドラマなどの芸術です。芸術作品の中での人と人の出会いって、ドラマチックで大抵ありきたりではないですよね(ありきたりだったらヒットしません)。

ドラマセラピーは、演劇の要素を取り入れた心理療法の手法です。演劇は非日常な空間で、その使い方次第で無意識からのメッセージや変化のためのヒントを得ることのできる強力なツールです。激変する時代にしなやかに対処していくための、貴重でマジカルな出会いの場、そして心から楽しめる空間を一緒に創造していきましょう!

【ファシリテーター】郡浜 浩(こおりはま ひろし)
北海道出身。三十代半ばで政府系機関のサラリーマンを退職して渡米し、サンフランシスコの大学院で表現アートセラピーを専攻。大学院在学中からサンフランシスコでドラマセラピーの専門家養成トレーニングを受ける。これまで多数のセミナー・研修講師、グループ・ファシリテーターを経験。2010年よりキャリアアート研究所を立ち上げ、ワークショップや研究会を開催。臨床心理士・厚生労働省認定1級キャリアコンサルティング技能士、シニア産業カウンセラー。
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日 時:2018年3月21日(水祝)13:30~16:30(開場13:15) 
参加費:3,000円 (希楽会会員2,000円)
参加予定人数:12名
内 容:夢のドラマ(夜見る夢をドラマで扱います)
・ドラマセラピー、無意識、創造性などについてのお話
・ウォームアップ、エクササイズから入ってドラマを体験
・シェアリング、話し合い
※参加者が安心感を感じられることを大切にしています。やりたくないことを無理に強制されることはありませんので、安心してご参加ください。

(こんな方におすすめです)
・人生の新たなステージに入っていくに際し、夢や無意識からのメッセージや知恵を得たい方
・自分のクリエイティビティを発揮するヒントを得たい方
・ドラマ、物語を演じることが好きな方
・他者の人生体験をドラマの中で味わってみたい方
・非日常的な設定の中で、他者との深い出会いを体験したい方

場 所:大阪市立中央会館
大阪市中央区島之内2-12-31 3F第3会議室
堺筋線線&長堀鶴見緑地線・長堀橋駅⑥出口6分
主 催:希楽会 齋藤 090-8885-3954
E-mail: hryk.sit@gmail.com

参加申し込みは上記メールアドレスまたは下記Facebookページより申し込みできます。

Facebook:https://www.facebook.com/events/150572202313539/

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